訳者まえがき:
韓之昱(韩之昱/Han Zhiyu)氏はミニチュアゲーム『Warhammer 40K』関連小説の中国における出版初期より翻訳者として活躍し、長編小説3部作『Dark Imperium』(CN: 黑暗帝国)や、設定資料画集とアンソロジーで構成される『The Horus Heresy: Visions of Heresy』(CN: 荷鲁斯之乱编年史)など精力的に活動している人物です。
氏はその一方で、歴史小説の刊行、商業ゲームタイトルの開発、プログラムやピクセルアートへの研鑽といった経験を注ぎ込み、ストラテジーゲーム『Chaos Galaxy』(CN: 混沌銀河)シリーズの個人開発を続けています。現在までに3作品がSteam等のプラットフォームでリリースされ、新作の『Chaos Front』も開発中です。
- 『Chaos Sector』2018年10月発売
- 『Chaos Galaxy』2020年6月発売
- 『Chaos Galaxy 2』2023年1月発売
- (開発中)『Chaos Front』2026年9月発売予定
このページでは、韓之昱氏自身により以前に発表されたChaos Galaxyシリーズの背景設定について、稲葉(eps_r)が許可を得たうえで日本語版を掲載します。
- 注意点:
- 既存の日本語ローカライズ版と一部訳語が異なる場合があります。
- 一部の固有名詞や文化・歴史上の用語については各章に独自の訳注を挟んでいます。
このページが皆様にとって、Chaos Galaxyシリーズへの興味や更なる理解のきっかけとなりましたら幸いです。
西暦1961年: 初の有人宇宙船の打ち上げ。この時人類は初めて母なる地球を離れる。
西暦1969年: 初の有人月着陸に成功。
西暦22世紀: 人類は月への植民を開始。
西暦23世紀: 人工冬眠航行技術の実用化。人類は火星への植民を開始。
西暦26世紀: 亜光速航行技術の実用化。入植者たちは内太陽系の惑星を支配下に置き、太陽連邦を樹立。
連邦暦3世紀: 人工知能の大叛乱が勃発。これにより辺境のわずかな星区を除き、社会全体が人工知能の支配下となった。その後100年近く続いた暴政を、あるハッカー集団が打倒。彼らは人類を救い連邦を再建した。以後、人工知能はタブーとして連邦法により厳に禁じられ、無断で研究を行えば死刑に処されるようになった。
連邦暦5世紀: 異次元跳躍技術(ワープジャンプ)が実用化される。人類はついに人工知能による暴政の影を払拭し、太陽系外への大規模植民に乗り出す。
連邦暦8世紀: 遺伝子改造の優生学的効果やサイバネティクスによる延命の普及により、ヒトの平均寿命が200歳に到達。
連邦暦11世紀: 太陽連邦の版図が銀河系の大半に達する。地球から最も遠い植民星までは亜空間航行(※1)をもってしても50年以上を要し、連邦の膨張は限界に達していた。
連邦暦12世紀: 太陽連邦の腐敗した統治と、その愚かしく高圧的な執行手段に対し、植民地市民の不満が積み重なり大内戦が勃発する。
連邦暦13世紀: 大内戦は地球を壊滅させるに至り、太陽系の放棄をもって最高潮に達した。しかし太陽連邦の完全消滅後も、人類の覇権を巡る戦争は200年近くにも及んだ。この間にも幾百の惑星世界が滅び、幾千の惑星が隔絶のうちに荒れ果てた蛮地と化した。
連邦暦15世紀(大内戦勃発から約300年): 銀河中心核に勢力基盤を築く鳳凰王朝(※2)は、長きに渡る戦争の末に銀河に残る3000の人類世界を征服し、銀河帝国の建国を宣言した。
いわゆる「三千世界」を含む銀河帝国の支配域は、13の宙域に分割されている。王朝の発祥である銀河中心核は神都宙域(※1)と呼ばれ、朝廷(※2)の直轄下にある。
神都以外の12宙域に関し、朝廷は分離勢力の増長を防ぐため、それぞれの宙域内を束ねる行政機構はあえて設置しなかった。そのために同一の宙域内でも統治形態はさまざまに分かれ、たとえば資源惑星や工業惑星には帝国から太守(知事。※3)を派遣し、艦隊惑星は艦隊提督の統治下に置き、ワープジャンプの要衝には要塞惑星を配置するといった形が取られた。その他にも半自治的な貿易同盟惑星や、帝国の権威を承認しながらも納税義務のない完全自治の属国なども存在した。
帝国の建国初期には、10年以上に及ぶ皇位の継承戦争が引き起こされた。この際に帝国を再統一した二世皇帝は、すべての皇子に対し軍事権の保持を禁止する法令を発布し、同時に文官の登用試験制度を定めた(※4)。これにより誰もが生まれや財力に関係なく、試験に合格し文官の職を得て、吏部(※5)による年次政績考課を受け昇進する機会を得られるようになった。特に優秀な者は帝国丞相(※6)や六部卿(※7、※8)といった高官の地位を得ることもあった。
朝廷が実質的に掌握する惑星世界群は帝国全体の3分の1ほどに留まるため、神都以外の宙域には朝廷直属の宙域鎮守艦隊が配備された。その規模は大小さまざまだが、通常は数百隻の艦艇と数十万の戦闘兵力を擁しており、独立を企てる属国あるいは直轄惑星の太守を威圧するには充分な戦力であった。
長きにわたる平和な統治を経て、朝廷の関心は外征から国内の安定維持へと移り変わっていった。六部の司法省である刑部(※9)がこの責を担い、配下の「緹騎」(※10)と呼ばれる赤い衣の特使たちが銀河を渡り、叛乱や腐敗の兆候に目を光らせる。この体制により、ほとんどの場合は宙域艦隊を出動させるまでもなく、緹騎および刑部直属の宇宙特殊作戦部隊だけで問題を萌芽のうちに抹殺することができた。
銀河帝国の建国から一千年、小規模な叛乱は絶えなかったものの、国家基盤の危機と呼べるものはわずか二度であった。
第一の危機は、帝国の始皇帝の崩御によって引き起こされた大戦である。それぞれ独自の軍事権を擁していた8名の皇子が後継者を争い、帝国全域を巻き込む戦に発展したのだ。十年以上もの時を費やした後継者争いは、同盟・戦争・陰謀・欺瞞といったあらゆる手管を尽くした第四皇子により終結し、彼は正統二世皇帝として即位した。
この大内戦は、新生したばかりの帝国を崩壊寸前まで追い詰めていた。事態の再発を防ぐために二世皇帝は皇子による軍事権の掌握を禁じた。また各宙域における民政と軍事を完全に分離し、それぞれ独立した部署に管轄させる体制を整えた。更には建国の功臣たる貴族らの多くを公職より罷免し、かわって文官の登用試験制度により各惑星から後ろ盾のない平民を官吏に登用した。銀河統一を成し遂げた始皇帝の功績は疑うべくもないが、継承戦争という危機の後に千年続く帝国の基礎を築き上げたのは、この二世皇帝であった。
第二の危機は七世皇帝の治世の折、科学技術を信仰する宗教勢力が引き起こすことになる。この墨子教団を名乗る集団(※1)はかつて放棄されたはずの地球の廃土から立ち上がると、タブーを破り人工知能と機械の力を大いに駆使した。
彼らの主張は、人類間の戦争など在ってはならない、すべての危険は人工知能と機械に委ねるべきというものであった。当初その布教は帝国には向けられず、辺境宙域で拡散していた。ところが属国のひとつであるティニス王朝(※2)の統治者が独立の野心を持ち、人工知能の力を求め始めた。ティニス王朝は墨子教団の教士を重用し、国内に信仰を広めたのち、人工知能によって制御される「知能機械軍団」(※3)を組織すると、隣接する帝国領に向けて侵略を開始したのだ。
朝廷は叛乱鎮圧のため宙域鎮守艦隊を向かわせるが、これをティニス王朝の機械軍団が殲滅すると、朝廷はついに討伐のため大軍の派遣を決定する。しかし墨子教団の支援を受けたティニスの軍事力は、帝国主力艦隊と対等に渡り合える能力を既に備えていた。そこで帝国丞相はある策を講じる。一人の帝国密使が墨子教団の本拠地を訪れて間もなく、ティニス王朝の知能機械軍団は突然コントロールを失ったのだ。叛乱を鎮圧した帝国軍は、ティニス王朝の王族を残らず斬首刑に処した。
しかし戦後処理において、帝国が奪還したのはティニスに侵略された惑星世界のみであった。ティニス王朝の旧領土は墨子教団の領地として与えられ、その見返りに教団は、教団領を除く帝国領への布教人員の派遣を行わぬことと、帝国に知能機械の軍隊を提供することを承諾した。
このようにして銀河帝国は第一の千年紀を大過なく乗り越えたといえる。しかし間もなく訪れる真の危機を予想できる者は、誰一人として存在しなかった。それは帝国のみならず、人類という種そのものの存亡を脅かすことになる……。
帝暦1012年。刑部からひとりの緹騎が北海宙域の惑星世界・鬼方(※2)に赴き、外界との通信が途絶えた原因を調査していた。現地の緹騎から刑部へと送られた報告は想像を絶するものであった。鬼方には生命の痕跡が何一つ無く、生物、建築物、植生のすべてが消え去り、海水さえ干上がっていたという。
続く第二次報告は帰投中の艦内から緹騎により送信されたものであったが、大量の誤字脱字と省略は、それが極めて緊急の事態であることを物語っていた。彼らの宇宙船は恐るべき宇宙生物の襲撃を受けたという。そればかりか、宇宙生物には知性らしきものがあるというのだ!
その後、緹騎と船は消息を絶った。事態を重く見た刑部は、数々の功績を持つ特殊部隊「白狼」を北海宙域の調査に向かわせる。帝国はいくつもの惑星世界の破壊や白狼部隊の全滅と引き換えに、ようやく事態の真相を知ることになった。
銀河辺縁部の鬼方を皮切りに、無数の宇宙怪獣が銀河系へと侵攻していたのだ。それらは宇宙空間で観測できるほど巨大な一個の巣群(コロニー)を形成し、生命ある天体上のあらゆるものを呑み込み尽くした。北海宙域の鎮守艦隊は、群から送り出された小規模な編隊にすら対抗する手段を持たなかった。
こうして、後に「第一次異形衝撃(ファースト・エイリアンインパクト)」と呼ばれることになる大規模な宇宙的天災が幕を開けた。
北海宙域を蹂躙したエイリアンの大軍は、瞬く間に多くの小集団に分裂し、周辺の宙域へと侵攻を始めた。中でもエイリアンの中核的な最大個体「蒼龍」(※1)を含むと目される最大の集団は、北海宙域と北天宙域の境界に浮かぶ廃棄惑星「ツングース」(※2)へと進路を取っていた。
帝国朝廷はこのエイリアンの動きを理解できずにいたが、兵部卿(※3)が古い記録からある重大な情報を見つけ出し大臣たちに告げた途端、朝廷全体に震撼が走った。
ツングースはかつての旧太陽連邦軍の重要な軍事基地であり、そこには植民地同盟軍を殲滅するための決戦兵器が今も眠っているというのだ。ことによるとその兵器こそがエイリアンに対抗する鍵であり、それゆえに蒼龍の注意を引いたのかもしれない。
朝廷は直ちに北天艦隊に対し、ツングースの速やかな占拠と、旧連邦の決戦兵器の確保を命じた。同時に神都へ各宙域の艦隊を集結させ、千年来例を見ない規模の皇帝大艦隊の編成を開始した。
北天艦隊は過去200年にわたって李氏という提督一門の掌握下にあり、帝国に十数ある艦隊の中でも三つの指に入る強大な戦力と目されていた。惑星ツングースの廃土の上、北天艦隊の陸戦部隊は数千万に及ぶ異形の怪物と死闘を繰り広げながら、伝説の決戦兵器の捜索に奔走した。一説には、すでに全滅したと伝えられていた刑部特殊部隊「白狼」の隊長・雷電の専用機「頭狼」もまた、戦場で幾度となくその姿を見せたという。
実に四割の戦力喪失と、提督・李如棟(りじょとう)の戦死という代償を支払い、北天艦隊はついに決戦兵器の発射に漕ぎ着けた。一個の反物質光球が惑星軌道上のエイリアンの大軍へ撃ち込まれると、続けて巻き起こった反物質の渦が次々に拡散を続けた。エイリアンの3分の1はこの連鎖し続ける反物質の渦に巻き込まれて原子レベルまで分解され、母体の蒼龍さえも深手を負った。
しかし、ただ一度の発射ののち、連邦軍の決戦兵器は自爆してしまい再使用は叶わなかった。甚大な損害を被った北天艦隊と蒼龍の群はいずれも撤退を始め、この呪われた廃土の惑星から遠く離れていった。
深手を負った蒼龍はその場に留まると、回復を待つ間に、新たに多くのエイリアンを産み出していた。この猶予が、帝国朝廷に大軍を再編成する時間を与えた。ついに二十四世皇帝自らによる親征のもと、一万隻の戦艦を擁する強大な無敵艦隊(※1)が、蒼龍を中核とする群へと進軍を開始したのである。
ところが交戦中、帝国軍は敵の様相が一変していることに気づく。エイリアンの中には、進化により「魔人」と呼ばれる極めて強力な種が生まれていたのだ。これらの怪物は常軌を逸した戦闘能力を持ち、それぞれが百隻以上の戦艦と渡り合える、個体ごとの独特の能力を備えていた。勝利は確実と思われていたこの戦いは、もはや収拾のつかない膠着状態に陥った。やがて数体の魔人が幾重もの防衛線を突破して皇帝御艦を撃沈すると、帝国無敵艦隊の全戦線は崩壊寸前に追い込まれた。
まさにこの時、帝国軍の女艦長・紅陽の冷静沈着が戦局を救った。紅陽は逃亡を図った帝国の艨艟(もうどう。※2)を砲撃してこれを沈めると、戦線全域に向けて高らかに宣言したのだ。「皇帝陛下は御健在であり、我が軍は必勝である! 誰であろうと、この場より逃げる者あらば真っ先に私が撃つ!」
この虚言により、数的優位を保っていた帝国艦隊は態勢を立て直すことに成功した。エイリアン側もまた陣形を乱したその時、奇跡のようなことが起きた。蒼龍の位置に突然、無数の連鎖反物質渦が出現したのだ。宙域全体に響き渡る苦悶と悲哀の叫びとともに、エイリアンの母体は姿を消した。
混乱の中で一機の白い宇宙歩兵が巨大な装置を担ぎ、単騎でエイリアンの只中に突入していったと証言する者もわずかに居た。だがそれが全滅したはずの「白狼」の隊長・雷電であると知る者はほぼ皆無であり、この人物もまた戦後の動乱の中で歴史の表舞台から失踪した。
ともあれ銀河帝国は勝利した。人類の勝利であった。銀河には依然として小規模なエイリアンの群が多く散在していたが、それらを産み出す母体が消えた以上、完全な掃討も時間の問題に過ぎなかった。
しかし、戦勝に互いを称え合う人々は知らなかった。この重い代償を払った勝利が意味するものは凱旋の結末などではなく、無数の災いの前奏曲に過ぎなかったのだ。
銀河の未来は依然として、混沌の只中にあった……。
母体である蒼龍の消滅をもって第一次異形衝撃は終結した。しかし銀河帝国の払った代価は極めて甚大であった。数十の惑星世界が滅び、百を超える惑星世界がエイリアンの残る小集団に襲われ、幾千の戦艦が灰燼に帰し、そして皇帝自身もまた戦場にて崩御した。
朝廷内部の権力闘争は、頂点から末端まで瞬く間に帝国の屋台骨を揺るがしていった。二十四世皇帝には世継ぎと定める嫡嗣がなく、わずか七歳の帝女が一人いるのみであった。丞相は当初、帝女を即位させようと図ったが、たちまち六部卿連名の弾劾を浴びた。皇帝に親征をそそのかし、崩御と大軍の壊滅を招いたとして責を問われたのだ。孤立無援となった丞相は逮捕され、投獄された。新たな丞相には刑部卿の高山公が擁立され、新丞相と六部卿は摂政会議を組織し、帝女が成年に達するまで暫定的に帝国を統治することとなる。この摂政会議成立から三ヶ月のうちに、高山公はかつての盟友であった他の五人の六部卿に次々と冤罪を着せて処刑、あるいは投獄し、自らが取り立てた新人六名を新たな六部卿に据えた。
朝廷の血を入れ替えるが如き人事刷新は、複雑な人間関係の網の中にある各地の太守、艦隊提督、属国までもを動揺させた。刑部配下の緹騎らが各地の不満や争乱に関する情報を集めてゆくと、それらは新摂政である丞相・高山公のもとに雪片のように止めどなく降り注いだ。
高山公と腹心たちは、帝国各地に畏怖のみを示させ抵抗の意を殺ぐために、ある奇策を極秘裏に練り上げていた。
安東宙域(※1)に位置する東照幕府(※2)は、将軍と家臣らから成る属国である。九つの惑星世界を擁し、銀河帝国東部における大国のひとつに数えられる。
旧連邦の三百年にわたる大内戦時代、ある時期の東照幕府は強大な武力をもって安東宙域全域の百を超える惑星世界を制圧し、他国の民を奴隷として搾取していた。最終的には銀河帝国の始皇帝による情け容赦のない鉄血の打撃を受けてようやく屈服・降伏した。そこから一千年の歴史を重ねても尚、安東宙域の他の惑星世界は凄惨な記憶を忘れておらず、この残虐な国家への憎しみを持ち続けていた。
幕府の不穏な情勢と、帝国の支配を脱しようとしているとの報告を繰り返し緹騎より受け取った朝廷は、ひとりの勅使を任命し、詔書を以て東照幕府の将軍との会見を命じた。しかし勅使が東照所属の星系に進入して間もなくのこと、突然忍者部隊が襲いかかり、勅使は殺害され詔書は焼き捨てられてしまった。
帝国千年の歴史上、属国において使者が殺害されるなどという凶悪な事件は前例のないことである。幕府からは幾度となく赦免を乞う使者が遣わされ、勅使暗殺の件はまったく与り知らぬと弁明するが、この動乱の時勢において、帝国はその威厳を自らの鉄腕によって守らねばならない。摂政会議は、東照幕府の属国としての地位を剥奪し、帝国直轄領への降格を決定した。幕府の将軍が即座に降格処分を受け入れるならば一定の金子を賜り、神都宙域へ人質として移される。さもなくば直ちに斬首というものであった。
この新たな勅令を携えて出立したのは、もはや特使などではなく、安東艦隊・北天艦隊の両鎮守艦隊からなる大軍であった。
この頃、東照幕府内部には既に帝国刑部の密偵が浸透していた。幕府の重臣たちはそれらの脅迫、あるいは買収を受けており、自身や領民の命を守るため、将軍に対して帝国の勅令を受け入れるよう進言していたのだ。更にその一方、帝国の両討伐艦隊を迎え撃つべく幕府が急遽出動させた艦隊においても、提督らは刑部の密偵に対し、本格的な抵抗はしないことを約束していた。
丞相・高山公の周到な計画である。流血を伴わぬ観艦式の如き派兵を行うだけで、東照幕府の名を銀河から抹消できるはずであった。しかし、そこで想定外の事態が起こる。
東照幕府の体制下には「旗本」と呼ばれる8万家の貴族がある(※1、※2)。旗本は幕府軍に対し機動武士や戦艦をも提供しており、幕府の惑星世界の大半も彼らの領地であった。また旗本は独立意識が非常に強く、彼らにとっての将軍とは単に旗本第一の名門というだけのものであり、自身の選んだ盟主に過ぎなかった。そのような折、ひとりの旗本が幕府重臣と帝国との密通の証拠を暴露するや、8万の旗本はたちまち怒り狂い、各々が自らの意志で蜂起した。すなわち「下剋上」(※3)に走ったのである。旗本たちは幕府重臣全員に切腹を迫ったばかりか、艦隊の指揮権までも提督から奪い取っていった。
叛乱を起こした旗本の中でも、仙台家の当主・梵天丸(ぼんてんまる。※4)は最も活躍した人物の一人である。軍事会議に参加した彼女は、ある奇策を提案し実戦で大成功を収めることになる。玄海星系(※5)の戦いにおいて、帝国討伐艦隊は事前の密約通りに数度の斉射を行うと、幕府艦隊は散り散りに退却した。帝国艦隊が悠々と追撃を行おうとしたまさにその時、旗本の罠が襲いかかった。玄海の小惑星帯に潜んでいた機動武士の大軍が、帝国艦隊に殺到したのである。至近距離に迫られ、帝国戦艦の誇る主砲や光槍砲(※6)はまるで役に立たず、帝国の宇宙歩兵が格納庫を出る間もなく母艦は撃沈され、内部の宇宙歩兵ごと爆発四散した。
玄海伏撃戦は、最終的に帝国の二宙域艦隊の惨敗と撤退をもって終結した。叛乱を起こした旗本らは欣喜雀躍のうちに幕府の軍政権力を一挙に掌握し、将軍を廃しはせぬまでも、旗本連合軍は東照幕府の実質的な統治機構となった。
高山公の計画は破綻し、帝国は真の危機に直面し始めていた。帝国による銀河統治の本質は、強大な軍事力による威嚇の上に成り立つものである。それが今や、帝国軍の半数は第一次異形衝撃により壊滅し、一属国の討伐戦争にすら惨敗を喫したのだ。帝国の威信は一気に地に堕ち、多くの勢力が蠢動を始めていた。莫大な補給物資と戦争機械が様々なルートを通じて東照へと送られ、幕府による帝国への対抗を陰で支援した。
このままでは叛乱勢力の収拾は不可能となる。そのような折に、新任の兵部卿・文昌君(ぶんしょうくん。※1)が摂政会議で提出した計画案は面々を震撼させるものであった。帝国軍はもはや尋常の宇宙艦隊戦による勝利を追求するに非ず、東照幕府の支配する惑星世界そのものを絶滅せしめるというのだ。
高山公は文昌君に全権を授け、どのような手段を用いても東照の叛乱を終結させるよう命じた。文昌君は東海・南天・安南の三支艦隊を動員し、それらに大量の毀滅弾兵器(※2)を搭載させた。彼の作戦は、まずは玄海に集結した旗本連合軍への深入りを避け、一部の兵力でこれを牽制する。そして各十数隻からなる小艦隊を多数編成し、東照幕府配下すべての惑星世界へと派遣、全面的な毀滅弾爆撃を仕掛けるというものであった。
南天艦隊提督がひとりの幕府忍者により暗殺され、一時は混乱に陥ったものの、文昌君のおぞましい計画は滞りなく実行された。銀河全体を支配する広大な帝国が、なりふり構わずにテロリストの如き手段を実行してみせるとは、誰一人として想像していなかったであろう。東照幕府の各惑星世界が軌道上に帝国艦隊の出現を認め、降伏するか援軍を呼ぶべきかを議論している間に、無数の惑星級大量破壊兵器が軌道より投下されたのである。逆巻き膨れ上がる灼熱の雲と濃密な煙が、都市の一つたりとて例外なく、大陸全土の隅々までを覆い尽くした。爆撃による焼死を免れた僅かな人々も、続く数日のあいだに苦痛のうちに息絶えた。幕府将軍も旗本も、貴族も平民も、いかなる者も死から逃れる術はなかった。
かくして十数億の人命が抹消され、九つの惑星世界は二度と住まえぬ廃土と化した。東照幕府はすべての国土と民を失い、もはやその名の存在意義を失ったのだ。
文昌君は特命を下した。焼き尽くされた東照全域のホログラム映像を、玄海に布陣する旗本連合軍に向けて送信させたのだ。
この凄惨を尽くした光景は無数の旗本を狂気に陥れ、あるいは切腹自殺へと駆り立てた。彼らの家族・臣民・主君・国土はもはや失われ、彼らの身の証と未来もまた毀滅弾の閃光とともに消滅したのだ。一千隻近い戦艦を擁していた旗本連合軍は、わずか一日にして全面崩壊した。投降する艦もあれば、三々五々の小集団で帝国軍に突撃し、あえなく討ち取られる艦もあった。
そのような中、求心力を持つ数名の将がそれぞれ一群ずつの従者を率いて包囲を突破し、去っていった。当初は帝国の関心を引かなかったこれら敗残の将兵たちだが、続く数年のあいだに彼らは帝国全土の各宙域を転々とすると、貢金船団(※1)を襲撃し、ついには惑星世界を掠奪するに至った。彼らは幕府や旗本の名を捨て、自らを「水軍」(※2)と称するようになった。
水軍勢力の行動は、数百年にもわたって戦争を経験せずにいた多くの惑星世界に動乱をもたらした。この瞬間から、銀河帝国のどこにも安全な場所は存在しなくなったのだ。
東照戦争終結から一年が経った帝暦1020年、銀河帝国は既に満身創痍であった。
遠海宙域には多くの傭兵惑星が散在し、帝国に対し精鋭の宇宙歩兵を多数提供してきた。しかし彼ら傭兵たちは、第一次異形衝撃のため皇帝大艦隊への召集を受け、末日戦争における銀河帝国軍の窮状を目の当たりにすると、帝国への畏敬を失った。故郷に戻った彼らはカリスマに富む傭兵隊長・アルキビアデス(※1)の旗下に団結し、帝国への攻撃を開始した。
帝国西部の大沙海と呼ばれる区域には、旧連邦の大内戦によって荒廃した惑星世界が多数存在しており、その廃土世界には帝国の管轄を受けたことのない自由民が暮らしていた。だがエイリアンの侵攻とともに、ある神秘的な組織がこの廃土世界の中から興った。「黒王」を自称する預言者(※2)は全ての自由民を徐々に信仰のもとに結集させ、帝国の諸惑星へ向けて「黒王天征」(※3)と呼ばれる大規模な進軍を開始したのである。
南天宙域の多数の貿易惑星から成る南洋商会では、商人にして盗賊の鄭一貫(※4)という男が商会の主導権を掌握していった。多くの水軍武装集団を取り込み莫大な資金を抱えるに至った南洋商会は、しだいに帝国の要求に従わぬようになっていった。
北天宙域では、梵天丸の率いる蝦夷水軍(※5)が北天艦隊による度重なる包囲を破り、幾度となく掠奪と破壊を繰り広げていた。
一方で銀河辺境では、神秘に包まれた墨子教団が突如として外界とのあらゆる連絡を絶った。深い霧の彼方で、何か巨大な危機が醸成されつつあるかのようであった。
そしてまさにこの時、新たなエイリアンの天災が再びこの動乱の銀河に降りかかろうとしていた。しかし今度こそ、それら天災に立ち向かえるような統一帝国も、銀河全土の力を結集できる皇帝大艦隊も、もはや存在しないのである。
銀河の未来は、いまだ果てしなき混沌の中にある。